2008年03月13日

バイエル17番



5/9追記:改めて聴いてみて、テンポが速すぎると感じました。もっとゆったり演奏したほうが良いと思います。その際、右手の全音符はその小節の最後まで響きを失わないよう、しっかりとしたタッチで打鍵することが望ましいでしょう。
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2008年03月10日

バイエル88番

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2008年03月08日

バイエル49番

1週間ぶりの更新となりました。今日のメニューは49番です。ロールンクの練習曲ですね。
また、23小節目右手の音形が次の曲の50番に多々現れます。この点から、49番は50番の予備練習という機能も持っています。



ここ1週間はピアノも弾かずグータラしておりました。…と書くと「ヘタなんだからちゃんと練習しなさいっ!」とお叱りを受けそうですが、私にとっては「グータラ」がピアノの練習成果を得るためにとても重要なのです。毎日何時間!と決めて練習しても、ピアノがうまくなるとは限らないと考えています。
たしかに、毎日弾いていれば指の運動性能は向上していくでしょうから、難しい曲も弾きこなせるようになるのかもしれません。しかし、私はそういったことをピアノ演奏の第一義に掲げるつもりはありません。最も大事なことは、ピアノ演奏によって流れ出る音楽が美しいことです。
そのためには、演奏者が美しい音楽を想像できなければなりません。想像できない音楽を演奏に反映させることはできないからです。がむしゃらにピアノに向っても、美しい音楽を想像できるようになるとは限りません。
美しい音楽を想像するための方法は、私の考えでは2つあります。一つは、正統な音楽センスを持つ演奏者の演奏を聴くことです。その演奏者は主にピアニスト・ピアノレスナーが当てはまります。演奏に触れることでその演奏者のクオリアを得るということですが、それを受け入れる側にレディネスが必要です。
もう一つは、インスピレーションを得ることです。曲の美しさに自ら気づくことを意味しています。
私の場合、まずバイエルのレッスンを師から受けることで、その美しさの断片を気づくに至りました。その後、形式的にバイエルの修了は迎えましたが、師のバイエルに関するクオリアを余すところなく得られたわけではありません。むしろ、そのこと自体はレッスンの目的ではなく、バイエルのさらなる美しさに自らの力で気づくための準備を施して下さったものと考えています。そして現在は自ら研究を行っており、その源は私自身が得るインスピレーションを拠りどころにしています。
そのインスピレーションですが、常に恵まれているわけではありません。今日のように得ることができる日もあれば、ここ一週間のように何もないこともあります。しかし、焦りは禁物。かえって裏目に出てしまいます。こういうときは精神的にグータラ過ごして、ゆったりと待つことにしています。そして、天からインスピレーションが降ってくると、ここぞとばかりにピアノに向って自らが想像する音楽に磨きをかけるのです。

長々書いてしまいました。私のグータラ論、いかがでしょうか。一理あると思って下さったら幸い(?)です。
posted by ジュニア at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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